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スキーパトロール納会 [ボランティア]

今年のスキー事故状況速報です

まだまだ雪がたくさんありますが,
今日は岩見沢スキーパトロール奉仕団納会でした。
席上傷害の状況が報告されました。

上志文傷害 17件 昨年より1件減
グリンランドホワイトパーク傷害 23件昨年は16件

グリンランドホワイトパークの特記事項としては
12月のドカ雪で大腿骨骨折、
3月のボーダー大会で4件の事故 
①内訳は上腕骨折②ジャンプで転倒意識障害
 4件のどの人もヘルメット をかぶっていなかった。

ボーダーの方はヘルメットを着用する事が肝心です。

パトロールの仲間の皆さん豪雪の中でのボランティア活動ご苦労様でした。


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写真はパトロールに行った時にスキー場の上から夕日が沈むところです

大槌にボランティアに行ってきたことを思いだしています [ボランティア]

この鉄路の先は

今でも昨年の6月ボランティアで行った大槌町のことが気になります

仕事の合間に地元の方からいろいろな話をお聞きしました
あの時の皆さん元気にお過ごしかな、と思ったりもします

全国から、外国から多くのボランティアのかたが来ていました。

人間の温かさを感じ、まだまだ人に希望があるという思いもしました。

特に今日はあの東日本大震災から1年です
深く考えてしまいます

いつも思い出します


2本のレールの先の事です


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360度見渡す限り住宅の基礎のコンクリートだけ残った情景


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遠くに被災した大槌小学校が見えます


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あのレールの先は何だったんでしょうかたぶん駅があったのだろう

そう思っていました。

地図で調べてみるとこのレールの先にJR山田線大槌駅があったのです。


この鉄路の先は、JR山田線大槌駅でした

2女が帰宅したとき大槌にボランティアに行ったことを伝えました。

2女が私に言いました。

大学院に居た時大槌の研究施設を訪れたことがあること。

大槌駅から列車に乗ったこと等が分かりました。

「あの駅どうなったのかな」


多くの方が思っている「あの駅どうなったのかな」

駅は多くの人々の心にしっかり残っています

私の心にも

一日も早く活気を取り戻していただきたい

その様に強く思っています。


この先は大槌駅だった [ボランティア]

二本の鉄路の先は大槌駅だったんだ!

東日本大震災復興支援ボランティアにいってからもう1ヶ月も過ぎてしまいました。
ボランティアに行ったことで今もすぐ思い出すのは

2本のレールの先の事です

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360度見渡す限り住宅の基礎のコンクリートだけ残った情景

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あのレールの先は何だったんでしょうかたぶん駅があったのだろう

そう思っていました。

地図で調べてみるとこのレールの先に駅があったのです。

2女が帰宅したとき大槌にボランティアに行ったことを伝えました。

大学院に居た時大槌の研究施設を訪れたことがあること。

大槌駅から列車に乗ったことが分かりました。

「あの駅どうなったのかな」

多くの方が思っている「あの駅どうなったのかな」

駅は多くの人々の心にしっかり残っています
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東日本大震災復興支援ボランテア活動で考えたこと、提言1 [ボランティア]

被災地に必要なこと提言1

私は大槌町吉里吉里でボランテア活動中に

地元の方々と出来るだけ多く会話を行ってきました。

その中で壊滅した地域の産業をどう復興するかということが最重要と思いました

働く場所を作ること

海産物加工の工場が壊れてしまった。どこで働いて生活の糧を得ることが出来るか。

地域の医療関係機関をきちんと作り上げる。

北海道と同様に東北は医院、病院が充足していない地域です。

今は各地の医療機関から東北の被災地に医療関係者が派遣されていますが

医療支援が無くなったら無医村地域になります。

地域の再生には病院、医院の充足が是非とも必要です。医者の存在しない地域に人はなかなか住めないものです。

今日の提言

1,国の責任で被災地域に地域の人々が働くことが出来る海産物加工などの工場を作る。5~7年後には地元に民間の受け皿を作り工場を払い下げる。

2,国公立の医学部が存在しない岩手県に医科大学もしくは国立大学に医学部を新設する。その医学部には被災地域全体から将来東北被災県で医師として働くことを希望する高校生や高校既卒者を優先的に入学受け入れをする。

ボランテア奮戦記 ボランテアグッズについて [ボランティア]

私はこのような用意をしました


ボランテア作業に向かうときの様子
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このような服装でした

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夜用にLEDライト

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雨対策として雨合羽上下

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暑さ対策頭保護に帽子、ヘルメットの方もいます
さらっとしたズボンに、
ポケットがたくさんあるメッシュのベストとても重宝です携帯電話、貴重品も入ります

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ゴム手袋(清掃、土木作業用)

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上段は革手袋、木や金属、ガラス処理作業用
つま先プロテクト、踏み抜き防止板入り作業靴(スニーカー風)、
踏み抜き防止板(長靴に入れる)がれき処理で釘を踏んだり、ガラスの破片でけがをするのを防ぐため
長靴

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ズボン汚れ防止、ズボンの上から着用、ズボンの汚れやほこりがズボンにつかないようにします。
その他、マスクや常備薬を持参しました。

東日本大震災 大槌町 吉里吉里 ボランテア奮戦記4 [ボランティア]

東日本大震災 大槌町 吉里吉里 ボランテア奮戦記4

 いよいよパート4となります。ボランテア活動についてお知らせする最終に近づいています。

 私は6月18日から6月23日まで岩手県大槌町吉里吉里で災害復興支援ボランテアをしてきました。ブログにアップする時間がとれましたので。
何回かに分け概要をアップします。今回は四回目です


ボランテア奮戦記その4

6月22日
AM 7:30 宮古宿泊所出発

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写真のような被害を受けた地域を通り

 いつものように
 大槌町ボランテアセンター着
 今日のボランテア登録を行う
 登録後
吉里吉里に向かう
吉里吉里ボランテアサテライト着

今日は海岸清掃との予定
準備体操の後
海岸清掃作業中に地震が起きたときの避難の順路などを指示される
そういう時のことも考えなくてはなりません。
指示は現地での方が避難先などが目に見えて具体的でわかりやすいと思った。
AM 10:30 海岸清掃開始

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軽乗用車が横になっている海岸で清掃を開始する。

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砂の上に単なる板きれが顔を出していると思い引っこ抜こうと思ったら。
抜けきれない、砂を掘っていくとロープや網が絡みついている。
衣類なども絡みついている。1つのものがだんだんと広がっていく。

掘っていると大きなガラスの一部が出てくる壊さないように全体を掘り起こす。

動物を中に入れて囲う白い鉄網掘るにも気と同様各種のものが絡み合っていた。


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30度の炎天下の海岸での砂堀作業はかなり厳しい。
水を飲み休みを取りながらの作業となった。

PM 12:15 吉里吉里ボランテアサテライト出発


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釜石で見た光景

     釜石経由 花巻から高速道路で青森へ向かう
道中十和田あたりから曇り一時雨

PM 18:00 青森着 

ボランテア奮戦記3 [ボランティア]

ボランテア奮戦記3

 色々と多忙ですんなりとボランテア奮戦記3をアップ出来ませんでした。
民主議員ネットとかありましたので。さていよいよパート3となります。

 私は6月18日から6月23日まで岩手県大槌町吉里吉里で災害復興支援ボランテアをしてきました。ブログにアップする時間がとれましたので。
何回かに分け概要をアップします。今回は三回目です


ボランテア奮戦記その3

6月21日

AM  7:00 宮古出発 天候花曇り

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この様な光景を目にしながら一路大槌町へ

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    今日も大槌ボランテアセンターで登録

大槌町ボランテアセンター 県外からの人たち県外社教の人たちが大勢働いていました。

AM  9:30 吉里吉里ボランテアサテライト


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    この人達も県外の社教の人でした一人は神戸町から来ていました
    ご苦労様です

吉里吉里ボランテアサテライトの建物の持ち主、
      家の前の駐車場にテントを張ってボランテアサテライトをつくる事を聞いて
      うちを使いな、と言って自宅を提供したと伺いました。


      この屋のご主人と話をする
何と・・・・・・・・
      8人家族のうち2人が亡くなった話を伺った。
      それぞれの家にはそれぞれのドラマがある事を確認したようなものだ。
      隣も2人、向かいの家も2人・・・・との話を伺う
      災害は非情な事とつくづく思う

AM 10:00 仕事開始 昨日の仕事の続き
側溝の泥上げの続き

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奮戦中のかわいです

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こんなに坂の上の方まで泥上げが進みました
昼前にすべてを片付けることができた。


AM 12:15 吉里吉里ボランテアサテライト帰着
昼食をとる 昼に小雨が降る
PM  1:00 午後からは住宅地の側溝掬い。
      住宅街で、坂の上の方の側溝さらい
      側溝清掃のプロ並みとなっていました。
      住宅街の人たちに感謝されながら今日の仕事が終わる。
      今日も働きました
      吉里吉里ボランテアサテライト帰着
      吉里吉里ボランテアサテライト出発
      大槌ボランテアセンター経由で宮古へ      

昨日同様の日程 「湯ったり館」の評判が良かったので「ゆったり館」に行くこととなる。
PM 4:30 温泉着 宮古市茂市8-53「湯ったり館」 
      汗を流した後の温泉はやっぱり最高でした。
PM 5:40 「ゆったり館」発

PM 7:00 宮古宿泊地着
PM 9:30  就寝 

ボランテア奮戦記 2 [ボランティア]

ボランテア奮戦記 2

 私は6月18日から6月23日まで岩手県大槌町吉里吉里で災害復興支援ボランテアをしてきました。ブログにアップする時間がとれましたので。
何回かに分け概要をアップします。今回は二回目です


ボランテア奮戦記その2

6月20日 
AM  6:35 花巻宿泊地出発
大槌町でのボランテアに向かう

AM  7:35 遠野道の駅
   7:50 遠野道の駅出発

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被災した大槌小学校

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小学校の校庭が大槌町の仮役場となっていました



AM 8:40 大槌ボランテアセンター着
AM 9:13 大槌ボランテアセンター発


AM 9:20 吉里吉里ボランテアサテライト着
軽トラックに作業道具積み込み、
軽トラで、ボランテアサテライトの人が道具を運んでくれることとなりました。


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この様な服装で作業に向かう

AM 9:50 吉里吉里ボランテアサテライト発
      仕事始め

作業は吉里吉里の浜を背にして左側山に向かっての上り坂になっている県道の側溝の土砂上げ。


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この右側の側溝の土砂上げでした

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作業をしていた地点の下の工場の屋根にはまだ津波で
          押し上げられた軽乗用車が上がっていました
          下の写真は拡大した写真です


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  作業はよもやここまでは津波が上がっていないだろうという地点でした。


しかし驚くほど奥の高いところまで津波が上がっていました。


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ボランテアの仕事は



上り坂の県道山に向かって右側の側溝の土砂上げでした。
二人がかりではびくともしない特別に厚い車道蓋でした。

 この車道蓋をどう剥がすか、思案しましたが前日から作業していた方がコツを教えてくれました。
金梃子とロープを使うと

割と簡単に剥がすことができました。
車道蓋をはがして側溝の中に押し込まれた土砂、津波によって押し上げられてきた土砂です。この油を含んだ泥で流れる水の表面が油でぎとぎと光っていた。

左側の側溝は津波の水圧であの重たい車道蓋が長い距離に渡ってはね飛ばされていた。

このような作業を繰り返しました。

AM 12:00 昼食並びに休憩
作業現地で空き地の材料の上や地べたで昼食をとる。
PM  1:00 作業開始
   作業終了
      その後
      吉里吉里ボランテアサテライト帰着



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使用した用具を洗う。靴や自分たちのゴム手なども洗う。
      
PM 3:30  吉里吉里ボランテアサテライト発
途中、汗を流しに風呂へ
      宮古市茂市8-53「湯ったり館」 
      汗を流した後の温泉は最高でした。
     「ゆったり館」発
PM 7:00 宮古宿泊所着

東日本大震災 ボランテア奮戦記 [ボランティア]

東日本大震災 ボランテア奮戦記

 私は6月18日から6月23日まで岩手県大槌町吉里吉里で災害復興支援ボランテアをしてきました。ブログにアップする時間がとれましたので。
何回かに分け概要をアップします。

その1

6月18日 
PM 10:00 苫小牧フェリーターミナル着
ターミナル待合室で休息
シルバーフェリー ベガ 普段は苫小牧~八戸 航路だが
      八戸港が使用できないので、苫小牧~青森に航路変更となっている
PM 10:40 乗船する。
PM 24:00 苫小牧出港
6月19日
AM  6:30 船内で朝食
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AM  8:00 青森港間近なのにあと待ち時間1.5時間の放送
      下船は9:30との放送あり
      航路変更のため受け入れ体制がとれないのか、
      青森が見えるのに船足は非常に遅い。   
下船はフェリーの中までバスが入って、下船する人々はバスに乗り下船。

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AM 10:00 青森発
      リンゴ畑の中を一路盛岡へ、 秋田県に入り岩手県に入る。
アカシヤの白い花がたくさん咲いている地帯を通過
蜂屋さんの車もパーキングエリアに駐車
AM 12:00 岩手山パーキングエリア着 


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用意してきた昼食を食べる。
      岩手山パーキングエリア出発
       高速道盛岡で高速から降りる
道路上の外気温表示28度C
      花巻の食堂で夕食
PM  5:00  花巻での 宿泊場所に到着

 いよいよ明日からボランテアに入ります。

スキー功労指導員認定証を頂く [ボランティア]

スキー功労指導員認定証を頂く

暑くなりましたが、スキー指導員功労認定証を頂きました

雪が溶けて早4ヶ月目に入ります。

本日、岩見沢スキー連盟伊藤会長よりスキー指導員功労認定証を頂きました。 私も何かと多忙な為やっと頂くことが出来ました。

準指導員、指導員と試験の時のこと多くのスキー仲間のことを思い出す良い機会となりました。

スキー人口が減少し寂しい思いがしますが、私は私なりにこれからもスキーを続け冬は少しでもスキー界のお役に立っていきたいと思っております。

功労認定証頂いたこととてもありがたく思っています。今思いますとスキー仲間と、スキーをさせてくれた妻と家族に感謝しています。

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上の写真は認定証の中央部をトリミングしたものです

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