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全日本スキー連盟 公認スキーパトロール研修会に出席 [平和を考える]

2013年 全日本スキー連盟 公認スキーパトロール研修会(第1会場)に出席

研修会は1月25日(金)から27日(日)まで北海道美唄国設スキー場で財団法人全日本スキー連盟の主催で行われました。

2泊3日の日程で宿泊場所を ピパの湯 ゆ~りん館 としていました。

参加者75名ほどでした。

公認スキーパトロールは原則3年以内にスキーパトロール研修会に出席が義務付けられています。

当然スキー場内に発生した傷病者に対する応急手当を行うのですから厳しい研修が求められています。

実技としては

・頸椎損傷への対応技術 バックボードを使用しての実技研修を行いました。

バックボードー とは http://tools.ambulance119.net/kotei.htm を参照してください


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手に持っているのが バックボードです


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向かって右に頭の方です

バックボードの使用についてはインターネットで調べていましたら http://ops.umin.ac.jp/ops/tech/backboard/board.html に詳しく述べられています。

さてスキー場での搬送技術では旧緩斜面での実技研修を行いました。

今回はスキーパトロール検定種目の理解として行われました。

私も急斜面トップの入り口からゴールまでアキヤ搬送を実際に行いました。残念ながら自分を写真には撮れませんので以下の写真は私以外の方が搬送をしている写真です。



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こんな急斜面をスタートします


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アキヤの後ろで操作します。スキーは横滑りですが真下に降りるように滑ります。


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きつい斜度です。


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写真で見るよりきつい斜度です。


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横を通りました。まだまだゴールは先です。


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真下のコースが終わり、サイドスライドでの搬送です。



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弱層テストの様子・・・雪崩が発生する判断材料となります。



自然の雪を掘り」、周りの雪をスノーソウ(雪鋸)で切り降った雪のままの雪柱を作り上からの圧力でずれ落ちる段階で 雪崩の発生を見極める弱層テストの様子。

有意義な3日間でした。





第24回反核平和の火リレー  [平和を考える]

第24回反核平和の火リレー 声援に行きました

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反核平和の火リレー が岩見沢を通過しました

若い皆さんが2度と核による被害を起こさないと

訴える、リレーで市民に訴えていました

その後集会がもたれました


8月拡大ミニ学習会 [平和を考える]

軍隊がいた島の上映

今年の8月の学習会は軍隊がいた島を上映しました
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この映像は
「軍隊がいた島―慶良間の証言」(監督 謝名元慶福)(38分)沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会が作成した作品です。
 沖縄戦から65年が経ちましたが、軍事基地を背負っている沖縄県民にとっては、沖縄戦を忘れることは出来ないと思います。
 福地曠昭さん(「NPO法人沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会」代表はホームページの中で『この映像は、沖縄戦の本質を、沖縄県で初めて米軍が上陸した慶良間諸島での戦争を中心に、住民の視点で考えるものです。あの戦争を体と心で感じ、受け止めて生きている証言者のことばは、痛切で重いものです。
 沖縄に日米の軍隊が増強される中、戦争のない平和な世界を実現させるため、沖縄から軍隊ではなく、戦争の教訓を踏まえた「命どう宝」の思想を、世界に発信することの重要性をふまえ制作いたしました。』と述べています。

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 私どもも今年の学習会で参加された皆さんと一緒にこの思いを深めました。

「満州から帰還した1少年の話」 [平和を考える]

「満州から帰還した1少年の話」
「満州から帰還した1少年の話」満州開拓団から秋田へ

講師 高橋 栄五郎 さん

1933年(昭和 8年)10月25日秋田県生まれ
1941年(昭和16年)小学校1年生で満州に渡る
1946年(昭和21年)小学校6年生で帰国
1994年(平成 6年)道職員を退職

昭和21年秋田県の駅に降り立った国民学校6年の少年は列車から降りた。
不安な気持ちとやっとたどり着いた安心感の入り交じる複雑な思いで改札口から降り立ち、自分の生まれた地区への道を探した。いくら探しても道は分からなかったその時「栄五郎か?」との声が突然耳に入った。
足かけ2年満州の開拓団からの逃避行に一つの決着がついた瞬間だった。

偶然と言えば全く偶然の出来事であったであった。

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河合清秀のミニ学習会(2008年8月1日)で「満州から帰還した1少年の話」を満州の開拓団から1人で帰ってきた体験談を話していただきました。


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